解説赤湯温泉の歴史

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赤湯温泉の歴史赤湯温泉の開湯は、約900年前の平安時代、寛治7年(1093)といわれる歴史ある温泉地。

奥州統一を担った源義家が戦をしていた時、動向していた弟 義綱が草刈八幡のお告げにより発見したと伝えられている。家臣達がこの温泉で傷を癒した際、傷から出た血でお湯が真っ赤になったことから、「赤湯」と呼ばれるようになった。

江戸時代は、近隣百姓や、病気の者の湯治場として栄えた。

また、米沢市の小野川温泉と並んで、上杉藩の温泉場として利用されていた。殿様が入る箱湯として保護されるとともに、藩公認の遊興の場所としても栄えた。

なかでも上杉鷹山は、画家に命じて「丹泉八勝」(赤湯八景)を描かせており、この地への愛着のほどが伺われる。

文政2年(1819 )には、当時隠居していた上杉治広の中風症が再発したため、同じく隠居していた上杉治憲とともに湯治に来ている。

現在もなお、湯治場時代の細やかな人情が生き続けている温泉地である。


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